推進工法用ガラス繊維鉄筋コンクリート管の
開発の経緯と実践
~「SSPの歴史は七転び八起き?」 ~
日本スーパーラインパイプ工業会(社)日本下水道管渠推進技術協会「月刊推進技術2008年8月号」より
1.はじめに
推進工法が初めて我が国に登場した1948年(昭和23年)から今年でちょうど60年が経過し、その技術も飛躍的な進化と発展を遂げてきました。その一役を担ってきた推進工法用管材も推進工法と共に進化を続け50N、70N、90N管と開発し提供して参りました。
ここでは60年間の長い歴史の中ではほぼ中間地点である1980年に開発され、現在そして将来に向けた管渠築造に貢献できる管材として常に変化する時代の要請にお応えして参りました、推進工法用ガラス繊維鉄筋コンクリート管、通称セミシールドパイプSSP(以下SSPという)についてご紹介します。
2.SSPの開発の経緯
推進工法の主役がまだ刃口元押し工法の時代だった1980年に、当時サッチャー氏が首相であったイギリスのARC社から、鉄筋に代わる補強材として耐アルカリ性ガラス繊維を用いて製造した鉄筋コンクリート管の技術を導入しました。スランプゼロの超硬練りのドライコンクリートを遠心力と強力な振動を与えた製造方法は、導入当初は開削管として鉄筋の被りを必要としないため管厚が薄くでき「スリムラインパイプ」として発売しました。しかし前述の製造方法によって形成される管体コンクリートの圧縮強度が非常に高く、この点に着目し推進工法の近未来の姿として推進延長の延伸化と相まって拡販されました、SSPはイギリスで開削管として生まれ、我が国の技術で推進管として生まれ変わったのです。
推進管としての当初は「GRC管」として補強材はガラス繊維のみで製造していましたが、その後は管自体の靱性を高めるため補強材に鉄筋を付加し、「GSRC管」として1987年(昭和62年)に(財))国土開発技術研究センターで適応製缶する評価を受けました。製品名もLJP(Long Jacking Pipe)として世に出て、その後SSPと改称し、一般的には「90N管(当時の呼称は900k管)」として徐々に知名度を上げていきました。
3.黎明期のSSP
1980年代後半はそれまでの推進延長が50m程度であった(ということは主に道路下横断、軌道下横断が主目的であった)刃口元押し工法が100mを目指した時期であり、先端抵抗値の大きな刃口元押し工法は推進延長を伸ばすために管体強度を高めることが必要となりました。
その後1990年代に入りそれまでの刃口元押し工法から機械式推進工法(以下セミシールド工法という)に移行し、滑材効果などと相まって管体に掛かる負荷が大幅に軽減されたことで、高強度の管材の必要とする施工条件は減少し、50N管で十分という時期がしばらく続き苦戦を強いられました。
4.成長期のSSP
セミシールド工法には先端の切羽を安定させる方法として泥水式、土圧式、泥土圧式等が開発されたことで推進延長は飛躍的に伸び、呼び径1000㎜で1スパン100本程度を推すという当時の技術では夢のような推進延長250m前後の施工が出現し、立坑数を減らして工事費の縮減を図ることが推進工法では常識となりました。さすがにそれまでの数倍の延長を推進するためには推進管の強度も高いものが求められるようになり、50Nから70Nそして90NのSSPを使用して長距離推進を施工する工事が増加しました。
また、一方ではそれまでは推進が不可能とさせた岩盤層や、巨礫・玉石層にも対応できる工法が登場し、掘削マシンが地山に大きな力で押しつけ、それに対抗する元押し推力を伝達することができる大きなコンクリート圧縮強度を有し、さらにはマシンが掘削した坑道から削げ落ちた岩塊が管の周面に残ることにより発生する周面抵抗に、ガラス繊維が効果的に働く高強度化したSSPの採用を求める声が特に施工者サイドから大きくなってきました。
5.まさに天の声?成熟期のSSP
それまでは1スパンの中に設計時の必要推力に応じて、50N、70N、90Nと使い分けて使用してきましたが、1989年(平成元年)末に、当時の建設省都市局下水道部公共下水道課から推進工事の安全性を求める見地から、「1スパン内は推進管の強度を最大値に統一して使用する」旨の通達が出されました。確かに計算上は先端抵抗力と、周面抵抗力に推進距離を乗じた値を加えた値が総推力となって必要な管体強度を算出するのですが、しかし相手は一寸先が闇の地中のこと、僅かなボーリングデータから推測して施工条件を把握することには限界があります。ましてや推進工事は24時間連続して行われることはない上に、発進立坑に管をセットする時間や、マシンをはじめとする様々なトラブルが発生しかねない中では連続して施工することは不可能です。そのため「始発推力」とか「初期抵抗力」と呼ばれる推進負荷が繰り返し管体に掛かる状況下においては机上の計算通り推進力が増加していくという考え方には疑問を持つ方が多かったのも事実でした。
そのような中での本通達はまさに「意を得たり」の感があってこの流れは一気に浸透し、推進工法のトラブルを未然に防ぐことで工法自体の信頼性が大いに高まり、安全で確実な工法へ生育したと云えたのではないでしょうか。
その後、初めは超泥水推進工法とか高濃度泥水推進工法と呼ばれ、超低推力が特徴で超長距離推進や超急曲線、多曲線推進が施工可能となった泥濃式推進工法が登場しました。
その結果1スパン延長が呼び径1000㎜クラスで、800m~1000mという超長距離推進が施工され、過酷な条件の中で安全性の高い管材としてSSPが脚光を浴び活躍しました。また東海・近畿地区を中心とする流域下水道事業において、岩盤や巨礫・玉石地盤を掘削する推進工事にSSPは数多く採用され、同様の地盤におけるSSPの採用は現在でも非常に大きなウエイトを占めています。
岩盤、巨礫・玉石地盤推進の一例
発注者 |
①大阪府南大阪湾岸流域下水道事務所 |
②山梨県釜無川流域下水道事務所 |
工事名 |
①阪南幹線(第22工区)下水管梁築造工事 |
②釜無川2号幹線推進6工区建設工事 |
採用管種 |
①GJA91(マニキュア)φ1000×2430L |
②GJA91 φ1100×2430L |
効果 |
ガラス繊維による補強効果で管外面からの集中応力に強くまた荷重分散性能に優れるため管割れを起こしにくい。 |
6.転換期のSSP
バブル経済が破綻し、公共事業のコスト縮減が声高に叫ばれる中、SSPに試練の時が突然やってきました。それは1スパン内の推進管の強度を最大値で統一してきた考え方を、必要な推進力に応じて異強度管種(50N・70N・90N)を使い分ける(組み合わせる)という指針が出されたのです。この種の影響力の伝播速度は極めて速く、まさにその日を境にといった感じでSSPの採用本数は激減し、1スパンに仮に150本管材があっても、SSPは発進側の10本前後だけとか、また多くても硬質地盤での先端に10本追加されるだけという状態になりました。
さすがに関係者の落胆は隠しきれず、時代の要請にお応えしてこれまで活躍してきたSSPの使命も終わりを迎えたと誰もが思ったものでした。しかしこの考え方には問題がないわけではありませんでした。1スパン内の強度を統一した頃と、この異強度管種の使い分けが決まったこの時点とは施工技術が進化して推進延長が大幅に延伸し、曲線推進も急増するなど工事の難易度が確実に高まった時期でもあったため、本当にこれで推進事故は起きないものかと危惧する識者の方が多数おられました。
7.天災は忘れた頃にやってくる
1995年(平成7年)に兵庫県南部沖地震が発生し、神戸を中心とした近畿地方に甚大な被害をもたらしました。上下水道をはじめとしてガス、通信等のライフラインは長期間不通となり市民生活に大きな障害を与えました。このことを契機として近い将来に発生が懸念されている東海地震や南海地震等に備えるため、下水道にも耐震対策を講じようという機運が高まり、1997年には当時の建設省(現国土交通省)監修で(社)日本下水道協会から「下水道施設の耐震対策指針と解説」が発刊され、重要なライフラインの一つである下水道にも耐震性能が強く求められるようになりました。下水道管渠に求められる耐震性能は、①管渠と管渠の接続部の耐震性能 ②管渠とマンホールとの接続部の耐震性能 ③管本体の鉛直断面照査の三つが求められました。①の対策には継手性能の改良(ロングカラーの使用) ②の対策には可とう管や可とう継手の採用、そして③の対策には特に重要幹線対象に照査するレベル2地震動は終局状態での照査を求めるため、破壊荷重での照査をして管種を決定することが規定されました。
そこでガラス繊維の補強効果で破壊荷重が従来管に比べ非常に大きいSSPが、新たに開発された「耐震用3種管」を含め耐震用管材の主役として全国各地で注目され、多数の納入実績を収めました。しかし暫くして地震による被害の大きさから下水道管渠の耐震設計の必要性が論議された結果、大学教授の方をはじめとした有識者によって指針が規定されたはずであるのにも関わらず、地下構造物は地震動によって大きな被害を受けなかったからという理由で、特に鉄筋コンクリート管の耐震設計手法自体が大幅に緩和され、③の対策については殆どの地盤条件では従来管での対応が可能となりました。そのためSSPは耐震用管材としての役目を事実上終えました。しかしその間に喜ばしいニュースがありました。推進工法の分野で歴史的な事業が達成されたのです。それは1999年(平成11年)に呼び径1100㎜でこれまでは夢とされていた1スパン延長が我が国初の1km超え(1010m)を岐阜県笠松町で達成。この工事に採用された管材は全てスーパーマニキュア加工を施したSSPでした。施工期間中ゼロクレームで納入できたことで、我々の製品に対する自信が確固たるものになりました。
8.新規格でSSPは新たなステージへ
コスト縮減で推進管は異強度管種組み合わせが定着しつつあった頃、SSPには規格が90N管の1種類のみのために組み合わせが出来ず不経済の管材であるといわれました。また呼び径の規格も2400㎜までであり大口径の雨水幹線整備の計画が増え3000㎜までのフル規格化が必要となりました。さらには先行して規格改正したA‐2管と同様に、継手性能の充実が求められました。そして耐震用管材として登場した3種管が急曲線推進時に発生する側方反力に有効であることが分かりました。
以上を全て網羅すべくSSPの日本下水道協会規格がA-8-2002として改訂されました。この規格改定の際に特に工業会内で議論したことは、使い分けに対応するため異強度管種として90N管よりもさらに強度の高い110N管(1100k管)を規格化すべきという声もありましたが、需要の現実性とコスト縮減の目的を併せ、70N管の規格化に決定しました。この決断は振り返ればSSPのその後の市場環境を見ても正解であったと思います。
9.世界記録達成そしてこれからのSSP
SSPの強度特性は主な補強材として鉄筋の5倍程度の引っ張り強度を持つ、耐酸・耐アルカリ性のガラス繊維であるARGファイバを使用していることは使用する皆様にもご理解いただけていました。しかしこのガラス繊維による補強方法が実は別の側面で大きな意味を持っていました。
セミシールドパイプSSPの管体構造図
近年、地球温暖化に起因すると云われ全国各地で頻繁に発生する局地的な豪雨により都市型浸水被害に対応するため貯留機能をもった雨水排水管渠が多く計画、発注されています。
内圧管路築造の一例
発注者 |
①日本上下水道事業団 |
②京都市上下水道局 |
工事名 |
①福井市文京1丁目雨水貯留管工事 |
②東山1号幹線(その4)公共下水道工事 |
採用管種 |
①GJA72-4P(4K)φ1650×2430L |
②GJA73-6P(6K)φ2200×2430L |
効果 |
鉄筋コンクリート管で唯一内圧に対応できる構造となっている。大きな外圧強度を有している。 |
これまで自然流下による汚水管渠はもとより、雨水管渠にも下流開放のため内圧が作用しないことが定説とされていました。しかし貯留機能を持たす雨水管渠には当然のごとく内圧が作用します。それは施工面ではなく維持管理の面で長期間にわたり管の性能として要求されるものです。内圧管の設計は主鉄筋をあたかも薄い鋼板と仮定して内圧に対応しようとしますが、SSPは写真のようにガラス繊維を管壁面に隙間なく均質に配置しているため、発生する内圧に対して最良・最善の補強方法であると云えます。
不とう性管である鉄筋コンクリート管の内圧管の設計手法は、埋設された内圧管には内圧と同時に外圧荷重も作用するため、この両者の影響を考慮した内外圧組合せ荷重曲線を用いて最適な管種を選定します。
その際、設計条件によっては管本体には大きな外圧強度が求められます。以上のことからSSPは急増する内圧管路用管材としての高い性能を有していると判断し、推進工法用鉄筋コンクリート管として初めて内圧強度を規格化することになりました。これまでの下水道普及率は汚水管渠での数値が注目されてきましたが、今後は合流式の改善を始めとする雨水管渠の整備に傾注されることに加え、農業用水パイプラインの築造においても推進区間にSSPを採用するケースが徐々に増えていることから、SSPの活躍できる機会はこれからだと信じております。
さて先程、我が国初の1km推進についてご紹介しましたが、あれから僅か8年の年月を経て2007年(平成19年)愛知県豊橋市で1スパン延長が世界記録となる呼び径1000㎜で1447mを達成しました。
世界最長記録達成
発注者 |
①豊橋市上下水道局 |
工事名 |
公共下水道築造工事(3工区) |
採用管種 |
①GJA71(マニキュア)φ1000×2430L |
②GJA91(マニキュア)φ1000×2430L |
主な対策 |
先頭から123.4mまではJA51(マニキュア)、後続の58.1m区間にはGJA71(マニキュア)、そして残りの1266.1mにはGJA91(マニキュア)を採用し曲線部を含めた増大する推進力に対応。また滑材効果を高める吸水防止機能のマニキュア加工を、発進から約500m区間にはエポキシ系を、その先到達までの区間には耐摩耗性と耐水性に優れるシリコン系 を選定。さらに砂礫地盤での継手部の損傷を防止するため、礫対応継手を全本数に採用した。 |
この偉業のお手伝いをしたのものSSPです。前例のない特別に難易度の高い推進工事であるため、不測の事態を可能な限り回避すべくSSPには特殊な継手構造や外周面摩擦を軽減する2種類のマニキュア加工等、様々な工夫が施しこれを克服しました。
10.おわりに
1980年にイギリスから技術導入以来まもなく30年を迎えようとしています。SSPはこれまでの歴史の中で好不調の波を繰り返してきました。私共は需要期の次に訪れた減退期を何度となく経験し、その度に前を向いて次にSSPが活躍できる市場は何なのかを模索し、最適な推進管を提供して参りました。今は5回目の大きな波(ブーム)が来たと思っています。
この波をどれだけ長く維持することができるか、しかし万一この波に終わりが来たときの次の手段のアイデアは既に沸き始めています。これからも「推進管材に求められる安全と安心」にお応えできるオンリーワンを目指してさらなる製品開発に取り組んで参りますので、先輩諸氏の尚一層のご指導とご教授を賜りますよう宜しくお願い申し上げます